環境委員会委員 細谷和海(67回)誌上報告 本文へジャンプ

座長 中村晴永(55回)   環境委員会委員長 磯貝三男(56回)     
委員 岡田宗久(58回)
   委員 中瀬勝義(60回)   
委員 伊藤 林(62回)
   委員 細谷和海(67回)   委員 清田秀雄(74回)

細谷和海(67回)
近畿大学名誉教授・農学博士
専門は魚類学・保全生物学

「東京の水辺の原風景と生物多様性」

 

 木場のタナゴ釣り

 

タナゴ釣りの発祥の地と考えられる深川・木場

 

 

 渓斎英泉「東都花暦十景 木場ノ魚釣」 C@日本のタナゴ(山と渓谷社)

 

江戸 の冬の風物詩であったタナゴ釣りは木場で発祥した歴史を持つ。
かつての木材集積場であった深川の水路には材木の筏が浮かべられ ており、そこから玉虫(イラガの幼虫)やうどんを餌に釣り糸を下ろした。釣り糸には女性の髪の毛が用いられることもあり、 贅を凝らした小さな竿の先の部分には細く削ったクジラのひげが使われた。
現在、東京都内の在来のタナゴ亜科魚類は、主として外来魚の食害と種間競争によりすべて絶滅している。国立科学博物館つくば研究施設には、明治時代に木場周辺で採捕された絶滅危惧種ヤリタナゴの標本が保存されている。




② 東京湾の干潟と生き物たち

潮干狩りでにぎわう幕張海岸(昭和29年)            東京湾の埋め立ての変遷

       @水の東京(岩波書店)

 

かつて東京湾沿岸には江戸川 ・中川・隅田川・多摩川などの諸河川が運んできた土砂堆積物によって広大な干潟が発達していた。そこは多種多様な底生動物をはじめ、それをえさとしていた鳥類、繁殖場としていた魚類など、生物多様性のホットスポットとして機能していた。
年配の方であれば、幼少時に幕張海岸や谷津干潟で潮干狩りをした経験があるはずだ。
これらの干潟は昭和40年代以降の高度成長期にことごとく埋め立てられた。
これを契機に東京湾のアオギスは絶滅し、それに伴い伝統的なアオギスの脚立釣りの文化も消滅した。
同様に、江戸前寿司の食材にも影響を与えた。

                               

東京湾の脚立釣り C@アカデミア青木  アオギス C@東京動物園協会

     
③ 消えた小川のさかなたち

東京の丘陵地帯は豊かな湧水に恵まれた小川がいく筋にも流れていた。そこには東京にちなんだ名前を持つ魚が生息していた。ミヤコタナゴとムサシトミヨはその代表で、現在、いずれも環境省版レッドデータブックにおいてもっとも絶滅の恐れが高い絶滅危惧IA類にランクされている。両種とも1970年代までには都内では絶滅し、関東地方のごく一部に残存するのみとなった。

ミヤコタナゴ. かつて都内荒川水系にも生息していたが、現在、関東平野のごく一部にしか残っていていない。  

C@細谷原図:茨城県産)



ムサシトミオ.かつて善福寺川や井之頭公園内の池にも生息していたが、

現在、埼玉県熊谷市内の元荒川のわずか400mの流域にしか残っていない.

C@細谷原図:茨城県産)



④ 今後の展開


消えた生物を復活させるには、他地域からいきなり移植する前に、絶滅した要因を客観的に分析し、現状に即した
 再生プログラムを立てる必要がある。
 わずかな自然が残されていれば、環境の改善により在来生態系を自前で再生させる事を促すことも出来よう。
 その前提として、地域固有の自然の価値を地域住民に知らしめる事が不可欠である。その役割は研究者や地域の
 自然保護団体が担うとして、やがて tax payer の声が高まれば行政も動くことになるであろう。
 森誠一博士は、実効性のある保護を展開する為には、研究者・行政・市民が一体となって活動すること、すなわち
 三位一体説の重要性を協調されている。