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愛燦会のご紹介(淡交会報84号より)
 俳句を通じた共鳴集団 –  江東橋愛燦会の活動

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定年や妻と無言のソーダ水

 
この句は「ソーダ水」を兼題とした句会で詠まれた
 その日の最優秀句です。

 

戸惑いのストロ二本ソーダ水


 こちらは同じ句会で詠まれた別の人の句ですが、前者の「侘しさ」、後者の「初々しさ」、感覚的に五十年間の差が感じられ、皆で大いに盛り上がった句会でした。

毎回詠まれた句を鑑賞し盛り上がれるのはメンバーが同じ高校の同期生であるというのは大きな要因です。とにかく同じ年齢であり、同じ時代に同じ経験をしているというのは俳句のように言葉の裏側にある意味を想像させる上でとても大きな意味が出てきます。

昨年この会で五十年前に卒業した高校時代を俳句にし当時の写真も添えて句集「Kio句」を作りました。それぞれが持ち寄った俳句をまとめたのですが、どの句も自分の句のような親しみを感じるものでしたし、高校時代の生活が鮮明に蘇ってくるようでした。

一つの仕草やきっかけを皆が理解・共有し行動できる仲間を「共鳴集団」と呼ぶそうです。

同じ高校時代を過ごした仲間と俳句を通した共鳴集団でこれからもありたいと願います。

 江東橋愛燦会は67期の男女13名が定期的に句会を開き交流している俳句の会です。

「愛燦会」の名前の由来は、発足時のメンバーが在学時に三年I組(san-ai)であった所から命名されたと説明されていますが、実のところは会の会長が美空ひばりの愛燦燦が好きで、その中のフレーズ「人は哀しいもの。か弱いもの。かわいいもの。」に惚れてしまったからのようです。

活動が始まったのは、会長が脳梗塞で入院した時、体は動かないが妙に頭が冴えていて(本人談)これ以上の虚無は無いと思って落ち込んでいた時「そうだ!俳句なら遊べる!」と気がつき、見舞いに来た元同級生の友人に「退院できたら俳句をやりたい」と話したそうです。そしてその友人がまた元同級生に呼びかけ、会長の退院後句会が開かれました。

集まったメンバーのほとんどは初めて俳句を作るという素人の集まりでしたが、俳句結社に属している人もその後加わり、皆で勉強しながら真面目に俳句と遊んでいます。句会も三年目になるので最近は結構それなりの形になってきたと喜んでいます。